医療に絶対の安全性を求めてはならない

 医療に絶対の安全性を求めてはいけません。福島県の大野病院事件がありました。患者さんの命を救おうとして手術を行いましたが、患者さん死亡しました。執刀医は逮捕されました。カルテはすでに押収されていたため、証拠隠滅の可能性はありません。逃亡の可能性はありません。医師が医事裁判のために逃亡することはありえません。私の卒業した大学の先輩は一時行方不明(昭和19年か20年に南方の島に軍医として赴任後消息が途絶えました)になりましたが、その後死亡が確認されました。それは例外中の例外です。現時点では医事紛争が原因で逃亡した医師は私が知る限り1人もいません。証拠隠滅の可能性も、逃亡の可能性がなくても逮捕されるのです。これにより切れた医師が少なくありません。救急から撤退した医師もいます。私は患者さんに不都合な事実を正直に話すことにしました。
 薬を使用する限り死亡の可能性はゼロではありません。線維筋痛症の治療には薬物治療は必須です。そのため「私の治療を受けると死亡する危険性がごくわずかですが増えます。」と正直に説明しています。これにより少なくない患者さんが治療を受けません。私は勤務医です。外来患者さんが減っても私自身は困りません。私が勤務している病院にとっても線維筋痛症の外来患者さんが増えてそちらに時間をとられるより、入院患者さんの業務に時間をかけた方が有意義なのです。病院の収入の大部分は入院患者さんから得られているのです。そのため、外来患者さんの数が減る私の説明は許容されていると私は考えています。
 「私の治療を受けると死亡する危険性がごくわずかですが増えます。」という説明により様々なメリットがあります。
1:患者数が減ります。それにより時間をかけて診療ができます。1時間あたり5人が限界です。それ以上であると診療が荒くなります。そうなると様々なトラブルが起きる可能性が高くなります。線維筋痛症の診療を行うと他の疾患より様々なトラブルに見舞われる危険性が高くなります。維持紛争が起こり線維筋痛症あるいはそのグレーゾーンの診療ができなくなることを私は恐れています。そうなると私自身も困りますし、私の患者さんも困ります。私自身の利益のため、多くの患者さんのために患者数を制限する必要があるのです。私の説明は意図したわけではありませんが、結果として患者数を制限しています。
 患者数を制限するもう一つの方法は初診患者の制限です。東京や大阪の有名病院では初診患者は3か月以上の待ち時間がかかることがまれではありません。私は東京や大阪の有名病院に負けない治療をしているつもりですが初診患者さんの待ち時間は1週間以内です。
2:副作用の詳細な説明が不要になります。薬には様々な副作用があります。死亡の副作用を説明すれば、それ以上の副作用はないため詳細な副作用の説明は不要になります。厳密に言えば死亡するよりも悪い副作用があります。殺人です。SSRIという抗欝薬により殺人という副作用がごくまれに起こります。さすがにその副作用は説明していません。
3:重篤な副作用が起こってもトラブルが少ない
 私が処方した薬により強烈な殺人願望と強烈な自殺念慮がおこったことがありました。幸いにも、当時は「自殺の危険性がごくわずかに高くなる。」という説明をしていたためにトラブルにはなりませんでした。二度と受診しなくなりましたが、私は非難されませんでした。
4:「自殺の危険性がごくわずかに高くなる。」という説明をしても治療を希望する患者さんと、治療を希望しない患者さんがいます。明確なデータはありませんがその患者さんには差があると考えています。その差はここでは述べることができません。最終的には私が治療している患者さんの利益になります。

 ほとんどすべての薬には死亡の報告あるいは死亡の危険性があります。ピーナッツやそばを食べても死亡する人がいるのです。薬はピーナッツやそばよりは危険なのです。そのため、絶対に死亡しない治療を希望するのであればほとんどの薬を使用できません。ほとんどの薬を使用できないことは医療を受けることができないこととほぼ同義です。絶対の安全性を求めると医療を受けることができなくなります。鍼でも死亡例があるのです。自動車、飛行機、電車に乗ると死亡するかもしれません。なぜ医療には絶対の安全性を求めるのでしょうか。
 
[PR]

by fibromyalgia11 | 2011-11-05 19:05 | FMの薬物治療総論
line

世界標準の線維筋痛症を専門家が説明します


by fibromyalgia11
line