線維筋痛症の難病指定の請願をやめ、基幹病院での線維筋痛症の診療開始のみを請願すべき
2016年の日本線維筋痛症学会でポスター発表した内容です。
線維筋痛症の指定難病認定の請願
線維筋痛症(FM)の指定難病認定の請願が行われている。指定難病検討委員会の資料[1]によると指定難病の認定には、患者数が人口の0.1%程度であること、客観的な診断基準(又はそれに準ずるもの)が確立していることの二つを満たす必要がある。
実現不可能な請願
しかし、FMの有病率は約2%であり[1]、不全型を含めると有病率は20%程度にもなると推定されている[2]。現時点では客観的な診断基準はない。FMを専門的に治療している医療機関においてでさえ、FMの診断基準を満たさない患者をFMと診断している実態がある。「##はFMの診療で有名であるが、FMの診断基準を満たさない患者をFMと診断している」という主旨を裁判官が認めた文書のコピーが演者の机の上に置かれたことがある。FMが指定難病に認定された場合の膨大な費用、就労可能患者の取り扱い、押し寄せて来るであろう多数の患者(仮病者を含む)の診療の実際を考えていただきたい。FMの指定難病認定を請願しても実現は不可能である。実現不可能な請願を行い却下されても駄目でもともとであり、FMの認知に貢献するという考えがある。しかし、演者はそうではないと危惧している。1つの疾患において実現不可能な請願を行うと、同じ疾患で実現が可能な請願を、同じ団体や個人が行っても同様に見なされる危険性が高い。それのみならず、同じ疾患で実現が可能な請願を、別の団体や個人が行っても同様に見なされる危険性が高いと演者は危惧している。つまり、実現可能な請願の実現を阻んでしまう。
実現の可能性の高い請願
実現の可能性の高い請願とは、大学病院を含む基幹病院でFMの診療を開始してほしいという請願である。少ない労力で効率を上げるためには、実現の可能性の高い請願を行う必要がある。不全型を含むと有病率が20%にもなる疾患の診療を行う医療機関がない地域が日本には多数ある。この請願が、日本全体のFMやその不全型の患者に最も利益をもたらし、実現の可能性が高いと考えている。FMの治療は神経障害性疼痛(NP)治療の中心である。FMの適切な診療を行う医療機関が増えればFM以外のNPの患者の恩恵にもなる。痛みを引き起こす様々な疾患の団体と協力して請願を行うことも可能である。膨大な費用が掛かりFM患者のみが利益を得る指定難病認定の請願は日本国民の賛同を得られない。指定難病認定に関する予算は一定額であり、FM患者を指定難病認定すると他の難病患者の自己負担が増える。それは後述するFM患者の中で重篤な患者のみに限定して指定難病認定を請願しても同様である。指定難病認定に関する予算その物の増額は、消費税の引き上げ延期やイギリスのEU離脱予定による不況で国家財政に危機が及んでいる状況では不可能と考えている。指定難病認定の請願をやめ、基幹病院での診療開始の請願のみを行なうことがFM患者に最も利益をもたらすと考えている。基幹病院での診療開始が法制化されなくても、厚生労働省から各都道府県や大学病院にFMの診療を開始してほしいという要請が出るだけでも現状よりは改善すると考えている。その要請には要請側に費用が掛からない。
重症者限定の指定難病認定の請願
国や地方公共団体に請願を行うのであれば一つに絞った方が実現の可能性が高くなる。FM患者の中で重篤な患者のみに限定して指定難病認定を請願するより、基幹病院での診療開始の請願を優先すべきと考えている。FM患者の中でも歩行不能の重症者は筋力低下が生じていることが多く、身体障害の認定が可能である。激痛のみでは身体障害の適用ではないが、筋力低下は身体障害の適用になる。ただし、FMという疾患を認めていない医師は、筋力低下が起きている重症FM患者を身体障害と認める可能性は低いと推定している。しかし、FMを疾患として認める医師は、筋力低下が起きている歩行不能の重症FM患者を身体障害と認める可能性が高いと推定している。身体障害の認定を受ければ既存の福祉の恩恵を受けることができる。基幹病院での診療開始が実現すれば、重症FM患者の医療費は無料にはならないかもしれないが、既存の福祉の恩恵を受けることができる可能性が高くなる。重症者に限定しても客観的な診断基準の条件を満たすことができない。重症者に限定した指定難病認定よりも、基幹病院での診療開始の方が実現の可能性が高く、FM患者全体への恩恵が大きいため、優先して請願すべきと考えている。ここまで述べてきたように、請願は一つに絞った方がよいと考えている。
演者は線維筋痛症患者の苦しみを知らない
演者は、以前からFMの指定難病認定の請願を行うべきではないと公言しており、FM患者から患者の苦しみを知らないとしばしば非難されている。実現不可能な請願は100年たっても実現不可能であるばかりではなく、実現可能な他の請願の実現の可能性を低くしてしまう危険性さえあると演者は考えている。
線維筋痛症に対する医療業界の実情
FMの治療成績を向上させようとすると適用外処方(目的外処方)という保険医療における規則違反を犯す必要がある。それが一因となり、多くの医療機関が、FMの治療を行なう医師を採用しない。ましてや適用外処方(目的外処方)の論文を書いたり学会で発表したりすることを認める医療機関は絶望的に少ない。それは高校生が飲酒、喫煙をインターネット上で公表することと同等の扱いを受けている。麻酔科を兼任する医師は医療機関の宝であるため、適用外処方(目的外処方)の論文を書くことが通常黙認されている。しかし、麻酔科を兼任しない医師の場合にはそれが黙認されにくい。患者や行政がFMの診療をする医師を必要とすることこそが、FMの診療をする医師の数を増やすことになり、それが結局は日本全国のFMやその不全型患者に恩恵をもたらすことになる。現在、FMの診療を行っている医療機関の中に大学病院を中心にした基幹病院はないとは言わないが少数である。たとえ基幹病院でFMの診療を行っていても、治療を行なっている少数の医師が退職すれば、すぐに診療不能になってしまう状態である。大学病院を中心にした基幹病院が責任を持ってFMの診療を始めれば、多くの患者に恩恵をもたらす。日本ではFMの適切な治療を受けることはできないと判断し、FM患者が渡米して治療を受けるという事態が発生している。
子宮頸癌ワクチン接種後多発症状
子宮頸癌ワクチン接種後の多発症状は、通常のFMより重篤なようである。国はその治療を行なう協力医療機関を指定しているが、その医療機関は大学病院を中心にした基幹病院のみであり、FMの診療を行っている医療機関に基幹病院が少ないことと対照的である。しかし、ほとんどの場合、FMの知識のある医師がいない。子宮頸癌ワクチン接種後の多発症状の治療を行う際には、最低限FMの知識が必要である。基幹病院でFMの診療を開始すれば、子宮頸癌ワクチン接種後の多発症状患者の適切な診療の受け皿となり得る。
引用文献
1) 指定難病の要件について. 厚生科学審議会疾病対策部会指定難病検討委員会(第15回)資料. 厚生労働省ホームページ.http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000130341.pdf
2) Toda K: The prevalence offibromyalgia in Japanese workers. Scand J Rheumatol. 36: 140-144, 2007.
3)Toda K, Harada T: Prevalence, classification, and etiology of pain inParkinson's disease: association between Parkinson's disease and fibromyalgiaor chronic widespread pain. Tohoku J Exp Med. 222: 1-5, 2010.
4) 協力医療機関及び専門医療機関一覧について 厚生労働省ホームページ
ヒトパピローマウイルス感染症の予防接種後に生じた症状の診療に係る協力医療機関について http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou28/medical_institution/dl/medical_institution.pdf