旧ガイドラインの薬物療法アルゴリズムにエビデンスはなく最大の問題点

CQ8-1 わが国の線維筋痛症に対する薬物療法アルゴリズムの原則は何か

 この章が最も問題になる章である。エビデンスに基づき私が日本線維筋痛症学会に送った原稿は以下の通りである。


医学中央雑誌で「線維筋痛症 AND 薬物 AND アルゴリズム」で調べると該当する論文はなかった。『線維筋痛症診療ガイドライン2013[1]には、FMを筋緊張亢進型、筋付着部炎型、うつ型およびその合併に分け、各型で優先使用すべき薬を指定している。これを日本式GLと呼称する。日本式GLには多くの問題がある。FMのサブグループ分けが行われているが、それらは患者から得たデータに基づき、痛みが強い群と弱い群、あるいは抑うつが強い群と弱い群の様なサググループ分けが行われている。しかしガイドラインのサググループ分けではそれが行われていない。また筋緊張亢進型、筋付着部炎型、うつ型ごとに優先使用すべき薬を指定しているが、指定した根拠のデータが示されていない。例えば、筋付着部炎型でプレドニンやサラゾスルファピリジンが推奨されているが、学術団体が出したFMの治療ガイドラインでプレドニン、サラゾスルファピリジンNSAIDsを推奨しているのは世界中で日本のみである。炎症を合併しない限り、FMにグルココルチコイドを使用することは禁忌であるが、FMにグルココルチコイドが使用されてしまう根拠になる危険性がある。実は、筋付着部炎型とはFMのサブグループではなく、FMとは異なる疾患である筋付着部炎を合併したFM患者なのである。その患者に、プレドニンやサラゾスルファピリジンを使用しましょうという意味である。癌型(癌合併)FMに抗癌剤を使用しましょう、糖尿病型(糖尿病合併)FMにインシュリンを使用しましょうということと同じである。これでは読者に混乱を引き起こしてしまう。筋付着部炎型にはプレガバリンが推奨されているが、抗うつ薬が推奨されておらず混乱に拍車をかけている。癌型(癌合併)FM、糖尿病型(糖尿病合併)FM、筋付着部炎型の中でなぜ筋付着部炎型のみが取り上げられるのかの根拠が不明である。日本式GLから外して、筋付着部炎型を合併した場合にはプレドニン、サラゾスルファピリジンNSAIDsを併用しましょうとすればよいのみである。うつ型では抗うつ薬が推奨されているが、これも混乱を引き起こす。うつ病を合併したFMでは抗うつ薬を優先使用すべきであるが、うつ病を合併しないFMでは抗うつ薬を優先使用すべきではないという誤解や、抗うつ薬の鎮痛効果は抗うつ効果によるものであるという誤解を引き起こしてしまう。抗うつ薬の鎮痛効果は抗うつ効果とは独立した直接の鎮痛効果である。つまり日本式GLは「わが国の線維筋痛症に対する薬物治療アルゴリズム」として有名であるが、臨床の現場に混乱を引き起こしている。『線維筋痛症診療ガイドライン2013』を詳細に読めば日本式GLには科学的根拠がないことはわかるが、それがわからない読者は少なくない。FMを認めない日本式医学は世界標準の医学からは乖離しているが、日本式GLを提唱する日本線維筋痛症学会も世界のFMの趨勢から乖離している。日本式GLを堅持するのであれば、科学的根拠に基づきFMを細分化し、各サブグループごとに優先使用する薬が存在するのであればその科学的根拠を提示すべきである。科学的根拠とは万人が閲覧できる論文、書籍である。

日本式GLをわが国のFMに対する薬物治療アルゴリズムとしてはならない。原則的には欧米から出ている薬物治療アルゴリズムと同一にすべきである。「原則的」と述べている理由の一つは、薬物治療アルゴリズムの基礎になる論文に日本語論文が加わること、あるいは日本でのみあるいはほぼ日本でのみ臨床的に使用されている薬の存在である。漢方薬、ノイロトロピン?、イブジラスト(ケタス?)などがそれに該当する。漢方薬は本家(中国)で行われている中医学とは似て非なる物である。

「原則的」と述べている二つ目の理由は薬物治療の優先順位である。欧米の薬物治療アルゴリズムはほとんど論文上の科学的根拠の強さに基づいて形成されている。その方法は公式であり、尊重されるべきである。しかし、その方法では論文と実臨床に乖離が起きている。論文上の科学的根拠の強さにはトリックがある。薬の有効性を示すためには多数の患者を用いた無作為振り分け、二重盲検法が必要である。それは研究に高額の費用が掛かることを意味する。その結果、製薬会社が研究費用を出す研究が多いことを意味する。日本でも騒がれたデータねつ造は論外であるが、製薬会社が研究費用を出した研究は製薬会社に有利に結果になりやすいという事実を否定できない。またNNTにも注意が必要である。NNT3とは3人に使用すれば1人でその薬が有効であることを意味する。しかし、NNTからは偽薬効果を除外しているのである。例えば実薬で50%の人に有効であり、偽薬で40%の人に有効な薬のNNT50%40%の差10%の逆数である10となる。つまりNNT上は10人に1人に有効であるが、実臨床では2人に1人で有効なのである。二重盲検法には興味深い事実がある。実薬が有効な割合は年代にかかわらず一定の傾向があるが、偽薬が有効な割合は年代が新しくなるほど多くなる。つまり古い薬、古い研究はNNTが小さくなりやすい。例えば神経障害性疼痛一般において、アミトリプチリンのNNT2に近いが、プレガバリンのNNTは約10である。しかし、実際に使用した経験では両者にはこれほどの差はない。つまり、有効性の検証には論文上の科学的根拠の強さのみならず、実際に使用した経験が必要である。

当然ながら、製薬会社は薬価が高く自社に利益をもたらす薬の治験は行うが、薬価が安い薬の治験は行わない。その典型がノルトリプチリンである。アミトリプリンが体内でノルトリプチリンに代謝されるため、当然ながらノルトリプチリンはアミトリプリンと類似の鎮痛効果がある。明確なデータはないが、一般的にはノルトリプチリンはアミトリプリンより鎮痛効果も副作用もやや弱いと推定されている。国際疼痛学会は、神経障害性疼痛の薬物治療における一般論としてアミトリプチリンよりノルトリプチリンを優先使用するように勧告している[2]。この点に関しても、実際に使用した経験が必要である。

実臨床で薬の有効性に影響する要因には、論文上の副作用、実際に経験した副作用も加わる。製薬会社の資金が提供された論文の副作用をそのまま信用してはならない。さらに、薬価、適用外処方の程度、日本独特の問題である一律の自動車運転禁止薬も実臨床で薬の有効性に影響する要因に含まれる。FMの治療成績を向上させようとすると適用外処方という規則違反を犯す必要がある。監査が入った場合、「うつ病」であれば言い逃れは可能であるが、「てんかん」や「慢性気管支炎」では言い逃れはできない。また、睡眠薬を含む向精神薬はパロキセチンなどのごくわずかの例外を除いて、例外なく自動車の運転が禁止されている。少なくとも米英の添付文書は、「安全性が確認されるまでは自動車の運転は禁止(つまり安全性が確認されれば自動車の運転は可能)」という主旨の記載である。添付文書の記載を守ると、日本の経済は破綻してしまう非現実的な規則であるが、裁判が起こればそれを遵守しなければ敗訴になってしまう。パトカーを運転する警察官でさえ守っていない規則である。

わが国の線維筋痛症に対する薬物治療アルゴリズムの原則は欧米の薬物治療アルゴリズムと同様の、論文上の有効性の強さの順番に基づいたアルゴリズムであるべきであり、それに日本独自の薬である漢方薬やノイロトロピン?などを追加すべきである。前述したようにそれは学問的には妥当であるが、実臨床とは乖離してしまう。戸田は論文上の有効性と副作用、実際に経験した有効性と副作用、薬価、適用外処方の程度、自動車運転の可否を総合して薬に優先順位をつけて、患者にかかわらずほぼ一律の治療を行なっており、治療成績も報告している[3]。戸田の方法は明確な根拠がなく学問的には妥当ではないが、実臨床には有用である。『線維筋痛症診療ガイドライン2013』がそれを推奨しているように[1]、薬物治療アルゴリズムの参考程度にはなると考えている。

引用文献

1. 日本線維筋痛症学会: 線維筋痛症診療ガイドライン2013. 2013, 東京: 日本医事新報社.

2. DworkinRH, O'Connor AB, Backonja M, Farrar JT, Finnerup NB, Jensen TS, Kalso EA,Loeser JD, Miaskowski C, Nurmikko TJ, Portenoy RK, Rice AS, Stacey BR, TreedeRD, Turk DC, Wallace MS: Pharmacologic management of neuropathic pain:evidence-based recommendations. Pain. 132(3). 237-251, 2007.

3. 戸田克広: 線維筋痛症の診断と20134月時点での治療方法?線維筋痛症の治療は変形性関節症にも有効?. 2014; 電子書籍: http://p.booklog.jp/book/74033/read.



旧ガイドラインに病型分類試案(筋緊張亢進型、筋付着部炎型、うつ型およびその合併)が報告されているが、今回のガイドラインではエビデンスレベルが低いことが記載されている。「エビデンスレベルが低い」とはエビデンスは弱いながらも存在することを意味する。実はエビデンスは弱いのではなく、ないのである。この病型分類試案こそが線維筋痛症の治療を混乱させ、結果的には患者さんに不利益をもたらす有害な理論なのである。エキスパートの個人的意見を「エビデンスレベルが低い」と見なすのであれば、その他の章でもエキスパートの個人的意見を「エビデンスレベルが低い」と見なすべきである。余談になるが、エビデンスとは旧ガイドラインが出版された時には既に出版されていなければならない。

 この病型分類試案は、恐らく特定の個人が個人的推測が正しいに違ないと考え、その個人の推測の通りに治療すればよいと考えた個人的推測以外の何物でもない。抗うつ薬の鎮痛効果は抗うつ効果による間接的な鎮痛効果ではなく、直接の鎮痛効果であることは痛みの業界では常識であり、その根拠となる論文も出ている。痛みの専門家であれば「うつ型」に抗うつ薬を優先使用するという理論を提唱しない。総合すると病型分類試案(筋緊張亢進型、筋付着部炎型、うつ型およびその合併)を提唱した人は痛みの常識を知らず、周囲の人がそれを止めることができなかったのであろうと推定する。

病型分類試案(筋緊張亢進型、筋付着部炎型、うつ型およびその合併)にはエビデンスがないと明言するか否かが新しいガイドラインの信頼性の試金石になる。


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by fibromyalgia11 | 2017-03-03 08:44 | FMの雑感
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世界標準の線維筋痛症を専門家が説明します


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